第1号 2003年5月13日発行

文化財建造物修理の実際について

平成14年5月9日(木)東京霞会館に於て「文化遺産を未来につなぐ森づくりの為の有識者会議」発起人会が開催された。プレゼンテーションとして、文化庁西和彦氏より「文化財建造物の修理と原材料」、林野庁飛山龍一氏より「木と人の関わりについて〜樹が柱になるまで」が発表された。以下は西氏発表の概要です。

1.文化財建造物修理の実際
 (1)件数等

 平成13年6月時点で、文化庁の補助金を受けて修理を行っている重要文化財建造物の現場は95件。棟数で198棟。このうち、全解体(軸部まですべて解体するもの)は45棟(20%強)、半解体(柱など部分的に解体せず残すもの)は39棟(20%弱)、屋根葺替が86棟(40%強)である。

 (2)修理の実際(写真で修理現場のイメージを説明)

・赤神神社五社堂(秋田県男鹿市)

 五つのお堂が並ぶ建物【前面】

 一般的に木造建築の場合は、屋根から(上部から)順番に解体して行き、逆の順番に組み立てる。【上部全景、八王子堂、小屋組(復原検討板付き)、三の宮堂向拝右側、十善師堂向拝右側】

・笹波家住宅(北海道上ノ国町)

 解体修理の場合は、屋根を解体してしまうため、雨天でも建物内部がぬれないように、また雨天でも作業できるように覆屋(素屋根ともいう)をかけて行うのが通常。

 室内部分の解体の事例として紹介。【内部】

・本願寺大師堂(西本願寺/京都市)

 近年では、その覆屋自体が非常に大がかりなものになる傾向がある。本願寺の場合は、素屋根自体がビルのようなもので、構造計算等を要した。 【正面中央屋根】

・旧恵利家住宅(香川県さぬき市)

 柱梁などの軸部だけが残っている状況。 【東南方より】

・嵯峨家住宅(秋田市)

 土蔵の解体の事例 【附南土蔵軸組状況(水路側)】

・行永家住宅(京都府舞鶴市)

 民家の解体の事例。解体前の状況(屋根がある)と、屋根と野地をはずした状態。 【背面と土間側側面、屋根東面、越屋根】

 柱などの木部に比べて、土壁などは本来的には消耗品に近い性格もあるが、最近では技術者の不足などから、壁を大ばらし(大きな単位で切り取って残すこと)することもある。

・南宗寺(大阪府堺市)

 建物の解体調査によって、通常では見えない(全体像がつかめない)建物の構造・歴史が見えてくることも多い。柱に残る何種類もの釘の跡などによって、現在では失われた建具や部材が昔は取り付けられていたことがわかる事が多い。 【中通北柱上部釘跡】

・八代家住宅(山梨県明野村)

 桁に残る縄が巻かれていた跡から、その部分が漆喰塗りとなっていたことがわかる。 【背面主屋側桁市外部】

・熊谷家住宅(愛知県豊根村)

 文化財建造物の修理は、解体して、痛んだ部材を取り替えるか繕うかして、元通りに組み直すが、部材を取り替えるか、補修して再び使うかの判断は様々な要因が絡み合って非常に難しい。その部材の古さ、どのような機能を果たしているか(構造的に力がかかっているかどうか、雨漏りを防ぐべき部分かどうか)、もともと取り替えを繰り返すべき消耗品的な部材かどうか(屋根の茅葺など)など、景観上どうか等様々な要因を考慮して決定する。手を加えた部分は、そのことがわかるようにしておくことも必要となる。 【屋根西面南側、屋根軒部を北から見る、屋根軒部南端】

・玉若酢命神社(島根県隠岐郡西郷町)

 解体すると、素直にそのまま組み立てられるとは限らない。部材がねじれていてくみ上げるのに苦労する事もある。

 過去に解体修理が行われていて(むしろ全く修理されていない事は少ない)、部材が途中で継がれて取り替えられていることもある。 【差母屋桁継状況】

・粉河寺(和歌山県粉河町)

必要に応じて、補強を施すこともある。補強には木材を用いることもあれば、金属を用いることもある。構造補強も、その必要性、部材への影響、景観上の問題など様々な要因を考慮した上で決定する必要がある。場合によっては、ソフト的な対応(入場者の制限など)を行うこともある。 【下層軸組2、隅木補強1、帯金物使用状況】

 補強が必要な箇所は、全体的なものもあるしディテールに関するものもある。写真の例のように、もともと構造的な欠陥により生じた折損などもあるし、経年によるものもある。

・本門寺(大田区)

 近年では、様々な補強の方法を用いることができるようになっている。この例では、構造上の理由により同じ位置で折れている部材を、カーボンの板を埋め込むことによって補強している。この場合は、この部材に古い彫刻が残っているために部材を取り替えることは避けたかったためこのような方法を採用した。

 補強は、常に全体のバランスと様々なメリット・デメリットを考慮の上行う必要がある。補強や補修に用いる材料(例えば樹脂など)の経年変化も考える必要がある。

2.文化財における原材料 (特に木材)の考え方
 文化財の修理に当たっては、ものそのものを保存するとともに、その建物に関連するプロセスも重要視する。したがって、部材を取り替える場合には、できるだけ同質・同形態の木材を求めるだけならず、可能ならば産地も同じものが望ましい。

 部材は取り替えずに保存するのが大前提ではあるが、建物総体としての健全性も考慮する必要があり、将来のメンテナンスやコストも考慮する必要がある。

 総じて文化財修理の立場は、木材のユーザとしては非常にわがままといえる。すなわち、より「良い」木材であれば良いとはいえないからである。

3.文化庁における原材料関係の (過去の)調査
(1)「文化財建造物修理用資材需給等実態調査」

・昭和50年から平成元年にかけて

・4つの分類に分けて調査

○植物性材料・檜、漆、茅、葭(あし)、檜皮
○鉱物性材料・瓦、煉瓦、壁土、消石灰、貝灰、叩き土、左官用のり、石材、天然スレート
○和紙・襖紙、鳥の子紙等、障子紙、その他の手漉和紙、楮(こうぞ)
○顔料・弁柄(べんがら)、朱、鉛丹(なまり)、緑青(ろくしょう)、群青、松煙、胡粉、膠
○畳用材料・い草、稲藁、麻、畳表、畳床、畳縁(たたみのふち)

(2)平成10年の台風9号(室生寺五重塔の被害でも記憶に新しい)で檜皮の不足が喧伝され、「文化財を支える用具・原材料の確保に関する調査研究協力者会議」を発足させ、調査を行った

・平成10年度からから12年度にかけて

・芸能・工芸分科会と建造物

・記念物分科会の二つの分科会 ・建造物関係については、まず修理現場でのアンケートなどを参考に次の9の分野を選んだ

○石材、木材、檜皮、稲藁、壁土、顔料・膠、漆、茅、ペンキ

(3)行政科研による「大径材及び高品位材の供給に関する研究」 ・平成9年から11年にかけて行われた

・大学演習林をフィールドとした調査

(4)委託調査等 ・屋根葺、漆、彩色などについて、個別に委託調査を行っている

(5)全文連(全国国宝重要文化財所有者連盟)の調査 ・畳表、(国産)漆などについて所有者連盟の立場から調査が行われている

(6)文化財の森構想

・以下の3つの柱からなる
○資材供給林選定調査・(財)文化財建造物保存技術協会に委託して実施
○資材採取等研修・選定保存技術団体(全国社寺等屋根工事技術保存会)を主体として、研修事業を行う
○研修と普及啓発のための施設整備
京都市と兵庫県山南町

【編集部感想】
うまくお伝えできないのが残念ですが、実際に文化財修理の現場では、理想と現実の狭間でそれぞれが悩みながら一番いい方法を模索しているという雰囲気が伝わってきました。  その仕事が評価されるのは、次の補修の時。それは百年先だったり、三百年先であったりという世界です。それでも後世に胸の張れる仕事をしたいという現場の方々の気概は、本来日本人がみな持っていたこころなのかもしれないと思いました。 しかしそれがむづかしくなった理由には、経済性での評価や制度上の現実問題もあるようです。