第4号

山村と森林文化、木の文化

1 山村の役割

 山村には、そこに存在する森林とそこに住む山村住民の努力により、林産物を蓄積・供給する機能、土地環境、水環境、生活環境、大気及び生物多様性を保全する等の環境保全機能、身体的・精神的健康を維持促進する健康保険機能等のほか森林文化と木の文化を維持・育成する文化的機能がある。

2 森林文化と木の文化の概念

(1)ここでいう森林文化とは、森林を保全しながら有効に利用していく知恵やその結晶としての技術、制度及びこれらを基礎とした生活様式の総体である。

 技術・制度とは、森林を伐ることによって果たす生産的機能と森林が存在することによって果たす保全的機能のバランスを崩さず調和させる為の知恵と工夫である。我が国のように崩れ易い火山噴火物の堆積地帯、急峻な山地、地震、雨が多い風土の下では、国土保全の機能を持つ森林を荒らさずに持続的に利用する技術・制度が生活の知恵として古くから形成されてきた。技術としては、持続的利用のための植栽・伐採技術が、制度としては江戸時代、各藩で伐採を禁止する樹木を指定した留め木制度や現在の保安林制度、森林計画等多くの例を挙げることができる。

 生活様式には、森林や自然を畏れ、敬い、親しみ、その恵みに感謝する心、そこから生まれる信仰・宗教、祭り等の儀礼、詩歌、絵画・彫刻等の芸術等が考えられる。定義上の問題ではあるが、次に述べる木の文化も広義の森林文化に含める考え方もあるかもしれない。

(2)木の文化とは、森林から生産される木材をその特性を活かしつつ、大量かつ無駄なく有効に利用する物心両面の成果である。木造住宅・家具、紙、燃料を含む日用品を始め、文化財としての木造建築物と木製彫刻、それを可能とした伝統工芸技術等幅広く存在する。木材には炭素貯蔵効果、エネルギー集約型の鉄・アルミ等の資源を代替する省エネ効果、化石エネルギーに代替するエネルギー代替効果があることにも留意する必要がある。

(3)山村で生産される木材は私的材であるため、原則として市場を通じ需給に基く価格形成が行われるが、それ以外の山村の公益的機能については、受益者の受益に対する支払い意思について市場を通じて計測することは困難である。特に文化的機能については、長期にわたり社会の中で形成されてきたものであり、また、それに対する需要は所得水準、地域の事情、物質的充足よりも心の充足を重視する個人の価値観等に応じて変化する可能性がある。従って山村の文化維持・育成機能の普及・啓発については、都市と山村の交流を始め持続的かつ多面的方法による幅広い努力が必要である。

 また、木材取引が行われる市場は必ずしも完全なものではなく、多段階の流通コストの低減を始め適正な価格形成が行われるため関係者による情報公開、情報交換が必要である。特に、文化財補修用材の調達についてこの感を強くしており、森林所有者と文化財管理者、両者の仲介を行う者の間の信頼関係に基づく、適切な木材取引が行われるシステムの検討が望まれる。さらに、売買取引については金銭の損得が伴うため、ややもすると供給者と需要者との間に対立関係が生まれる可能性がある。これに対し文化を通じた都市と山村の交流は、文化に上下関係はなく相手文化に対する尊敬を基礎としており、木材取引による交流のような金銭による損得の問題を発生させる可能性が少ない点にも留意する必要がある。
 
3 森林と木の文化の現代的意義

(1)資源循環型社会

 森林文化と木の文化に共通することは、両者が自然との共生を重視する資源循環型文化であることである。西欧では最近まで森林は征服の対象であり、自然を破壊しても構わないという考えの下、森林を皆伐し小麦等を栽培してきた。また、二十世紀の主流であった工業化社会は、集中、画一、量という価値観に基き、大量生産、大量消費、大量廃棄の経済システムの下、鉄、化石燃料等の再生不可能な資源に大きく依存する非資源循環型社会であった。この工業化社会は都市問題を始め、地球温暖化等の環境問題をひき起した。二十一世紀においては、分散、多様、質という価値観に基き、高度情報化社会の進展により可能となる適量生産、適正消費、極小廃棄の経済システムの下、資源循環型社会を形成していく必要がある。われわれは、わが国古来の森林文化と木の文化を再認識して資源循環型の生活態度を学び、二十一世紀型社会の在り方や個人の生き方を創造していかなければならない。

(2)文化や宗教に対する寛容性の認識

 森林文化の一つである古神道は八百万(やおよろず)の神々というように、雷、山、大木、海を始め神聖さを感じさせるもの、場所、現象に神が宿っていると考える。また、実在の人間も死後神になることができる。一神教であるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の神は天空にあって天と地と人、動物や植物を作った万物の創造主であり絶対的存在である。その神には怒ったり、命令に背いたものに容赦ない罰を加える激しさがある。一神教の間の争いに激しいものがあるのはこのためかとも思われる。森林文化になじんできた日本人は、古神道やその後伝来した仏教や他の多くの宗教を包括的に受け入れてきており、一般的に他の文化や宗教に寛容であると思われる。一神教の間の争いが激しくなってきている現在、われわれは森林文化の持つ他の文化、宗教に対する寛容性を再認識し、この考えを世界に広め、宗教間の争いを止めることに寄与すべきではないかと考える。

(3)森林文化と流域文化圏

 森林に覆われた上流域の水源地から発生した河川は、農業用水、工業用水、飲料水等を提供しながら中・下流域を潤し、河口では栄養分に富んだ水を海に供給し水産業にも貢献している。森林は、中・下流域が必要とするこれらの水を涵養するとともに、中・下流域の洪水も防止している。このように上流域と中・下流域は河川で縦に深く結ばれ、そこに森林の恵みである水、林産物等を利用した流域単位の生活、文化圏が形成されてきた。特に、森の恵みに支えられた流域の水田稲作は土地生産性も高いうえ資源循環型で連作障害もなく、わが国の食文化の発展や食糧安全保障に大きく寄与してきた。ここから生まれた水田稲作文化には森林文化と共通する自然に多数の神が宿るという考えや森や神への感謝を示す儀式が存在し、流域文化圏の中で森林文化と深い関係を持ってきた。

 一方、昭和三十年代以降の高度経済成長により、農山村から都市への人口集中が進み、都市住民が日常的に森林や森林文化に触れる機会は急速に減少した。また都市においては生活様式の変化に伴い、日用品、燃料、住宅を始め木材・木製品が身の回りから遠ざかり、わが国古来の木の文化が失われつつある様に思われる。二十一世紀のわが国が安全で豊かな資源循環型社会を形成していくためには、都市と農山村がその機能を適切に発揮しながら、対立することなくその抱える都市問題及び農山村問題を協力しながら解決し、共存していくことが必要である。森林文化圏を中心とした流域文化圏の再認識と再構築はこの問題の解決に資するものである。

4 文化遺産を未来につなぐ森づくりの為の有識者会議は、木の文化の頂点に立つ文化遺産の補修用材を確保すること等を通じ、森林文化と木の文化、都市と山村との間の交流の橋渡し役を担っていると考えている。多くの方のご協力を得ながら、この会議の活動により我が国固有の森林文化、木の文化が農山村、都市を問わず未来に引き継がれていくことを期待している。