第5号

文化財の為の森を育てるという事

 大径、長尺材の供給の減少が問題になりだしたのは、1970年代に入った頃であろうか。拡大造林の進展等に伴って天然林の開発が進められるとともに、さらに自然保護等の観点から天然林の伐採が抑制され、天然林から供給されてきた大径、長尺材の生産減少が顕在化し始めてきた。それに伴い、適時に修理を行うことにより維持されてきているわが国の建造物文化財の補修、改修用材の確保が問題となってきた。

 このため、国有林においては、人工林からの大径、長尺材の供給を目指し1974年から伐期を100年程度まで長伐期化させる「高品質材生産林」の設定が始められ、また、1989年には文化財補修、改修用材の供給に焦点をあてた「文化財の保全、改修に要する国有林高品質材の安定的供給についての調査報告書」が取りまとめられたりした。

 しかしながら、建造物文化財の補修、改修用材(以下、文化財修理用材という。)の入手は、ますます困難化してきている。例えば、主要な文化財修理用材である木曾ヒノキの伐採量の推移をみると、伊勢湾台風による被害材の伐採で増加した1964年の31万㎥をピークに年々減少し、2004年には2万㎥と15分の1まで減少している。そのため、国産材では間に合わず、台湾ヒノキが求められ、今では、米材、カナダ材やアラスカ材、ラオス材さらにアフリカ材までが使われている。

 最近、文化財修理用材を国産材で供給していくことが改めて大きな課題になってきた。その理由は、このような実態に加え、世界文化遺産の議論において文化財修理用材のあり方として、オーセンティシティー(文化財の真正性)の原則が提起されたことによる。この原則は、修理の時に必要とされる新材は、取り替えられる材と本来「同樹種」、「同品質」であり、「同技術」で加工されることが望ましいとするものである。従って、国産材の確保が重要となるが、問題はこれだけではない。わが国が輸入している大径、長尺材の多くは、それぞれの産地においても貴重な森林から生産されており、その生産と日本への輸出が歓迎されなくなる可能性があるのだ。
だから、なんといっても、わが国の文化財を維持していく修理用材は国産材で供給していくよう努力すべきだろう。このことから、文化庁や林野庁等では、修理用材の確保の方策について検討を始めるとともに、国有林等においてはそのための森林の設定に新たに取り組み始めてきている。

 文化財修理用材となる大径、長尺材を人工的に生産していくためには、200〜300年、少なくとも150年程度以上を要することになる。最近、全般的に長伐期化が進められているが、それでもその多くは100年生程度までのことである。それを、さらに、50〜100年以上延ばすことについては、育成途上において台風害や病虫害、菌類による腐れ等の被害をうけるリスクが増大するとともに、経済的な営みとして考えるには、特殊な用途で数量的にも限られるうえ、余りにも超長期的すぎるということになる。特にこのリスクは、高林齢化すればするほど材積も大きく価格的にも高くなることから、より大きくなる。ましてや、地球温暖化による異常な気候変動が議論されるこの頃だ。従って、このような素材の供給を考えた場合には、それは社寺自らや国有林が対応すべきものというのが、民有林を経営されている方々の一般的思いだろう。

 確かにこのような課題に対しては、社寺や国有林が率先して対応すべきであるが、しかし、そのように割り切っているだけでいいのだろうかというのがこの小文の趣旨である。

 その理由の第一は、必要とされる素材量を供給していくためには、かなりの量の生産可能量を確保しておくことが必要であるということである。

 文化財修理用材の年間使用量はそれほど多くない。国宝、重要文化財の修理に際し購入された木材の使用量は、過去25年間の年平均で517㎥(製材品材積)とするデータがある。

 しかしながら、まず、これらの材は、一般建築にない多様な規格が使われるとともに、比較的高品質な大径、長尺材から加工されている。また、このような材の需要は、文化財修理用材以外にも多くあることである。国指定の重要文化財だけでなく、地方公共団体指定の重要文化財や登録文化財等がある。史跡等で復元されたり、社寺で新築されるものもある。あるいは高級建築の新築にも使われるだろう。さらに、木材は天然素材であって製材してみなければ使用可能かどうかの見極めは困難で、実際に必要な量の何倍もの候補となる素材が必要となり、それを生産するための何倍のもの候補となる立木がいる。そのうえ、前述したようなリスクを考慮する必要がある。つまり、適切な修理用製材を供給するためには、想像以上の供給母体となる森林が必要とされる。従って、このような材の供給は、限られた特定の森林から供給される極めて限定されたものと捉えられるのではなく、より幅広い基盤が必要とされるということである。

 実は、スギ、ヒノキ人工林の80年生以上の面積や蓄積をみると、国有林が23千ha、672万㎥、民有林が119千ha、5254万㎥と、民有林が国有林を上回っている。

 第二は、今後においては文化財等のみならず、一般的にも大径、長尺材の供給を確保していく必要があることである。

 この頃の住宅等は、機能性が重視され、機能が古くなること等に伴い30年程度で建て替えることも特別なことでなくなっている。しかし、資源の有効活用や環境保全を考慮すれば、今後は、健康的で快適であるとともに、耐久性の高い、かつ、年数を経るほどに愛着の増す木造らしい木造住宅等が建設され、できるだけ長きにわたり使用されていくようにしていくことが重要である。そのことが、持続可能な社会を実現していくための基本であろう。

 わが国の木造建築は、最近読んだ笠木和雄さんの文章を引用すれば、「貫構造で代表される軸組伝統工法は、1300年前の東大寺、法隆寺時代以降・・・大型のものが大変少ない。・・・江戸時代になると資源が枯渇して庄屋でさえも太い柱は二本しか使えなくなった。・・・そして遂には三寸角まで細くなった。・・・軸材が細くなれば斜めの筋交いを入れなければ持たなくなる。しかし、斜め材を入れたらそれはもう壁構造であって貫構造ではない。」とされる。

 このような変化は、資材供給の変化と同時に技術開発や消費者ニーズの変化というようなことが関係しているが、とはいえ、供給される資材の変化に従って木造建築の建て方も変わってきたということである。逆に言えば、今後、木造らしい木造住宅等を提供していくためには、そのための資材が供給される必要があり、よりよい資材として従来以上に大径、長尺材の供給が確保される必要がある。

 求められることは、森林を整備する時間も念頭に、今後の消費者ニーズや技術開発等に弾力的に対応しうるような多様な素材を供給できる形をつくりあげていくということであるが、同時に、供給される資材によって需要が変化しうるということが配慮されても良い。

第三は、以上のこととも関連するが、全体的には、林業として大径、長尺材の供給を含め多様な木材の供給を目指すべきであるということである。

 戦後の拡大造林によりわが国の森林生産力はそれまでと比べ格段に向上したものとなり、植栽された人工林の成熟に伴いまとまった量を安定的に供給しうる資源がつくられてきた。そのことは、今後における林業、木材産業の新たな展開を図るための基盤であり、わが国にとっても重要な資源である。

 しかし、一方では、スギ、ヒノキ等の人工林の拡大等に伴い、多様な樹種による多様な資材の供給が困難化してきている。クリ、ケヤキ、ミズナラ、トチ等の建築、家具、機器用材やこけし等の工芸用材、漆等の産物が減少し入手が困難になってきている。そのことが、わが国の豊かな木の文化を失わせることにつながっている。そして、さらにこのような木材利用の単純化が、森林の総体的経済価値を減少させ、山村の生業の範囲を狭めることになっている。

 文化財修理用材の問題もスギ、ヒノキの大径、長尺材のことだけではない。マツ、ヒバ、ツガ、クリ、ケヤキ等の多様な樹種が使われており、それらの多くについても現在、対策が必要とされている。

 従って、造成してきた人工林を有効に活用しつつ大径、長尺材の生産のための超長伐期林の設定、広葉樹等の供給が可能となるような針広混交林の整備や天然林の適切な利用を図っていくことが重要である。そのことは、森林の多面的機能の持続的な発揮を目指し多様な森林を整備していこうとするこれからの望ましい方向とも合致している。

 林業が、より豊かな森林利用を図るとともにあわせて森林の多面的機能の適切な発揮を図るものとすれば、以上のことは林業が本来的に目指すべきものということができる。林業が、より望ましい木材利用を目指しそのための資材の供給を図るものとすれば、わが国の代表的木造建築である文化財の修理用材の供給もその役割の一つである。さらに、このような超長伐期の森林が育成されていくことは、文化財修理用材の供給のみならず、大径の立木が屹立する魅力的な景観として、あるいは精神的、文化的な価値を持つ森林として評価され、このような森林の育成に取り組む林業と地域の社会的価値をより高めることになるだろう。

 そして、そのようなことが、これからの農山村にとって大切なことになってきている。
最近の都市と農山村の現状をみるにつけ、農山村においては、その環境に合った社会のあり方や生き方を再構築すべき時にきているとの感を強くする。そのためには、多角的な観点から、かつ総合的な議論をし、コンセンサスを作り上げていくことが必要であるが、その場合、持続可能な社会の構築等新たな社会のあり方等とあわせ、かつての農山村に流れていた文化的底流を評価し、それを今後にどう生かしていくのかというようなことも重要な論点と思われる。そして、そのことは、日本人の育んできた文化の象徴としての文化財の保護の問題と重なりあう。つまり、文化財のための森林を育てるということは、森林づくりのことだけでなく、農山村ひいてはこれからの社会のあり方と係わることになる。

 少し話が拡がり過ぎたきらいがあるが、以上の通り、文化財修理用材の供給については、それぞれの森林所有者の方々においても課題として捉えられるべき価値があると思う。ただ、このことは、リスク負担があるうえにこれまで述べてきた理由からしても強制的に進めることではない。森林所有者の方々が、その所有面積の一部に超長伐期の森林や広葉樹の育成を目的とした森林を自主的に設定しそれを経営として継続して頂けるかということである。

 しかしながら、このことに取り組んで頂くためには、いくつかの問題がある。

 まず、基本的問題は、森林所有者の現実である通常の林業活動の活性化である。以上のようなことを考えうるためには、林業経営が健全に展開されることがまず必要である。通常の経営にさえ関心を失われつつある現在の厳しい林業事情の中で、本来的なあり方しかも超長期のあり方を議論しても画餅に帰すことになる。林業振興があって森林所有者の方々の自主的な取り組みが期待されるということであろう。

 また、超長伐期人工林の育成技術についてである。超長期の人工林施業は、吉野林業等一部で行われてきているが多くの地域では経験が少なく、より多くの森林所有者に実施してもらうに当たっては、枝打ちや間伐あるいは複層林施業等文化財修理用材のための森林をどのように育成していくかという技術とあわせ、災害に強い森林の育成の仕方や超長期の育成に見合う適地の選定(土壌条件、水分条件、風の道などの災害危険度等)等についての知見を整理し、森林所有者の参考に供して行くことが必要である。

 以上のようなことを踏まえつつ、森林所有者の自主的な取り組みを助長し、超長期の育成に取り組むことができるシステムを構築することが具体的な問題である。超長期の育成に取り組むに当たっての負担をできるだけ軽減するとともに取り組みの継続を保障するような仕組みを作り上げていく必要がある。

 一つは、超長伐期化する森林の特定とそれに対する助成の強化である。例えば、超長伐期化する森林を森林所有者が申請し、国あるいは地方公共団体が認定,登録し公表する。この森林に対し、税制上の優遇措置や助成、資金融通、リスクの補償等を行うというような仕組みである。このうち税制上の優遇措置としては特に相続税の取り扱いである。超長伐期化により森林の価値を向上させることに伴い相続税を納入するため従来以上に森林を伐採したり、売買したりすることが起こりうる。そのため、超長期に森林を維持、育成していくためには相続税を減免する措置がとられなければならない。

 もう一つは、これまでの林業経営が転換されるための施策の充実である。わが国のこれまでの林業経営は、国産材の供給不足が取り沙汰される中、50年程度で伐採することを前提として森林整備等を進めてきており、例えば、借入金を持っている場合には、簡単に施業を見直すことは困難である。このため、施業転換資金等の既往の施策に加え、18年度予算案において新たな資金の創設等も打ち出されており、これらの活用等を図っていくことが必要である。

 文化財修理用材の問題に特に関心を持ちだしたのは、林野庁在職時に立松和平さんの提唱した「古事の森」の設定に関係し、その後、「文化遺産を未来につなぐ森づくりのための有識者会議」の活動に係わることになったことである。

 この会議は、文化財修理用材の問題に関心を持つ者が任意に集まり活動しているもので、今回、文化財修理用材の現状や問題点を整理するとともにその方策に関する報告書をとりまとめた。この小文は、その報告書によるとともに個人的意見を付け加えたものである。

 文化財修理用材の問題を考えると、修理用材のことのみでなく、文化財を修理していく技術の継承や国宝等に限らず地域で守られている文化財をいかに保存していくかというようなこと、さらには文化財を保護していく意味とは何かということにまで議論が及ぶ。そして、そのことはこれからの社会のあり方に関わることだと思いを馳せる。

 先ほどの報告書は、「文化財修理のための森林づくりは、数百年先を見据えた取り組みであり、世代を越えてどのような社会を引き継いでいくかということを基底においた論議が必要である。文化財がわが国の文化のあり様にとってきわめて重要であることに鑑みれば、この問題についての国民の理解をひろげていくための取り組みを関係行政機関、寺社等文化財所有者、文化財修理技術者、修理用材の加工・流通業者、森林所有者等が連携しつつ推進していくことが必要となっている。」と結ばれている。わが国の建造物文化財のほとんどは木造であり、森林、木材加工・流通、建築等の関係者には、ぜひ、関心を持って頂きたいというのがこの会議の思いである。

(参考文献)
参考1、文化遺産を未来につなぐ森づくりのための有識者者会議報告書「文化遺産を未来につなぐための森づくり」(ホームページ、http://www.bunkaisan.jp) 2、山本博一「木の文化を支える森林」(山林、2005年8月号) 3、笠木和雄「木・住まい・人」(山林、2005年12月号)

※この原稿は、林経協月報3月号より転載させていただきました。