文化遺産を未来につなぐ森づくりのための「提言」

文化遺産を未来につなぐ森づくりの為の有識者会議

 当会は平成14年に発足以来『補修用材確保策検討委員会』『補修用材と技術の委員会』という二つの委員会にて、文化財修理用部材の需給及びその確保について、現状と課題を明らかにし、対処方法について検討を行ってまいりました。16年4月よりは合同で議論を重ね、17年12月、文化財修理用部材の需給及びその確保につい<て、現段階における現状や問題点、課題等を整理した報告書をだしました。今回その報告書をふまえここに提言いたします。

平成19年1月 20日
一般社団法人 文化遺産を未来につなぐ森づくり会議
                 代表 伊藤延男
                 代表 内山 節
                 代表 大野玄妙
                 代表 速水 亨
                 代表 古橋源六郎

はじめに

 日本の文化財が危機を迎えつつある。このような話をきいたら、その理由として私たちは何を想像するだろうか。

 いうまでもなく日本には、いまでは世界の人々の共有財産だといってもよい神社仏閣や古い町並み、伝統的な民家などさまざまな木造文化財がある。さらに建物自体の価値はさほどではなくても、地域の歴史、文化とともに維持されてきた村や町のお堂などの文化財もある。

 この木造文化財は定期的に修理をすることによって守られてきた。ところがこのとき必要な補修用材の確保が、次第にあやうくなりつつある。宮大工をはじめとする、文化財維持に欠かせないさまざまな伝統技術の継承も簡単ではなくなっている。また社会の変化や村の過疎化も地域文化の維持を困難にしている。

 私たちは日本の精神文化がつくりだした文化財を未来に残したいと思う。そのためには、今日生じている困難をひとつずつ解決していかなければならないと考える。

 本提言はそのための「第一提言」として、補修用材の確保についてその方策を考察した。日本の木造文化財にはさまざまな樹種の木材や檜皮などの皮が使われている。木材には年輪幅の狭い200年から300年生くらいの高品質の木が使用されていることが多い。ところが現在ではこのような木自体が山になくなりつつあるばかりでなく、それらの木を文化財の補修へと流通させる仕組みも弱体化してきている。山には木があっても文化財の補修に使えるような材質の木の確保は次第に困難になりつつあり、このまま成り行きにまかせれば、近い将来文化財維持が困難になる事態も予想される。しかも必要とされるのは200年、300年の木である以上、長期的視野にたった方策をただちに打ち出していかなければならない。

 日本の木で日本の文化財を守っていくためには何をしなければいけないのか。以下具体的に考察する。

木造文化財建造物の保存・修理とそのための森林整備の必要性

 木の文化の特徴は、植物資源である「森の恵み」を繰り返し活用することであり、繰り返し再生され維持されてきた姿である。日本人は木の文化に象徴される資源循環型社会を大切にしてきた。そして、今、地球温暖化の進行等大量消費型社会が行き詰まりを見せている中で、木の文化に象徴される資源循環型社会は世界に誇るべき智慧になってきている。

 とりわけ、木造の文化財建造物を保存し維持していくことは、わが国の貴重な文化的所産を保護することのみならず、わが国文化の基調をなす木の文化を継承し、日本人の独自性を大切にしていくことにつながる。

 わが国には約四千棟にのぼる国宝・重要文化財建造物があるが、これらを維持していくためには適時適切に修理を行っていく必要がある。そして、その修理にあたっては、オーセンティシティー(文化財の真正性)の原則があり、修理の時に必要となる新材は取り替えられる材と「同樹種」、「同品質」、「同技術」でなければならない。

 しかしながら、文化財修理用部材が、その供給の中心であった天然林伐採の大幅な減少により、近年入手困難になってきている。このことは戦後の木材需要の拡大に伴う天然林伐採の増大、人工林化の推進による天然林の資源的な減少に加え、自然保護や生物多様性の確保等からの天然林保護の重要性の高まり等によっている。

 このように、文化財修理用部材の供給の現実に鑑みると、将来にわたってその実施を確保していくことが困難になっている。そこで、当委員会では、文化財修理用部材の需給の把握、及び文化財修理用部材の確保のための森林づくり方策等について提言する。

提言T 需給量の把握等

 文化財修理用部材を確保しうる体制を整えるためには、マクロの需要予測を立てる必要がある。また、これら部材をとるためにはどの程度のサイズ(径や長さ)の丸太や立木が必要となるかを予測することも重要である。

 国宝・重要文化財の修理に際して使用される木材の数量は、製材品換算で年間数百立方程度と見込まれるが、これら木材の需要量を確保するにあたっては、木材が天然素材であって製材してみなければ品質を見極めることが困難であることに加え、流通は市場に委ねられていることから、実際に文化財修理用材等に使用される量の何倍もの丸太供給が必要となる。

 これに加え、伊勢神宮の式年遷宮、平城京の朱雀門や熊本城本丸御殿などのような復原事業や天理教本殿や大本教本殿など寺社の新築でも大量の大径長尺部材が使われている。

 需要量の把握に際しては、このような事情も前提において行う必要がある。

 供給可能量の予測のためには、天然林や人工林の高齢級林木の資源実態の把握を行う必要がある。

 なお、文化財修理用部材の確実な確保のためには、文化財修理に際し修理事業者が、市場を通さないで直接、林野庁や森林所有者等から丸太を購入する仕組みも検討する必要がある。

提言U 文化財所有者の森林づくり

 将来にわたって文化財修理用部材の確保を図っていくためには、利用可能な天然林について択伐(抜き切り)等による持続的な伐採を進めるとともに、人工林において大径材の生産を可能とする森林づくりを行っていくことが必要である。しかし、超長期の人工林の育成に森林所有者が自ら取り組むことについては、災害や相続などを考えると容易ではない。

 このため、文化財所有者の取り組みも求められるところであり、文化財所有者が森林づくりを行う場合の手法を検討した。

U−1 文化財所有者自らが森林育成に取り組む。

U−2 文化財所有者は、森林所有者に対して森林育成に対する働きかけを行う。働きかけには以下のような手法が考えられる。

  • ア 協定
  • イ 生産の依頼
  • ウ 立木の信託
  • エ 分収育林による立木の共有

 なお、寺社が積極的に文化財修理用部材の確保のための森林づくりに取り組むよう、所有者自らによる資材確保を推奨する仕組みを検討する必要がある

提言V 国民的課題としての文化財の森林づくり

 文化財は文化財所有者のものであるばかりでなく国民共通の財産であり、その修理に必要な部材を提供する森林づくりも国民的な課題としてとらえることが重要である。

 国・公有林はもとより、私有林においても取組みがなされるような仕組みとして、文化財修理用部材を提供することを目的とした森林の登録制度を検討すべきである。

 国が文化財修理用部材の確保のための森林づくりについて基本的方針を示し、その方針に則して森林所有者等が長期計画をたてて申請し、国又は地方公共団体が認定、登録する仕組みである。

 国又は地方公共団体が認定する場合は、樹種、林齢、品等などに一定の基準を設け、登録した森林については、適正な育林義務や伐採報告義務を課すこととするものである。

 この場合、税制上の優遇措置等、登録を受けた森林所有者への助成、資金融通、リスクへの補償制度を整備する必要がある。

提言W 大径立木の育林技術

 高品質な大径長尺部材を取るために、超長伐期の育林についての考え方や技術的指針をとりまとめることが必要である。また、私有林で文化財修理用部材を提供できるような森林づくりを行うためには、森林所有者に対して長伐期施業や複層林施業などの育林技術を指導するアドバイザーも必要である。

提言X 大工技術の継承

 文化財の修理や大規模木造建造物の復原、寺社の新築に携わることは、大工技術の向上と継承を図るうえで重要である。また、文化財の修理技術等は伝統工法による住宅建築技術を土台として成り立っており、継続的に伝統工法による住宅建築に携わることも重要である。

 従って、大工技術の向上と伝承を図るためには、文化財の修理事業や大規模木造建造物の復原事業、寺社の新築事業の継続的な発注が望まれるほか、伝統工法による一般住宅建築の需要拡大も重要である。

 併せて、文化財等の建築には接合部や架構に大きな特徴があり、このような社寺建築や伝統工法による住宅建築の性能が科学的に評価され、合法的に認められる仕組みが必要である。