住民団体の活動からみた文化財建造物の力

後藤治(工学院大学建築都市デザイン学科助教授)

■二〇〇一年度文化庁調査より
 文化庁の住民のボランティア活動等を活かした歴史的文化的資源の保存活用と地域活性化に関する調査で、いくつか興味深いデータが得られたので、まずそれを紹介しよう。

 一つめは、市町村教育委員会に対して行ったアンケート調査の結果である。調査は、管内の住民による非営利団体が、文化財建造物や歴史的町並(以下「文化財建造物等」という)の保存活用に対してどのような活動を行っているのかを問うものだった。回答があった市町村数は六四八で、合計六八〇の団体が確認された。各市区町村あたり平均一団体程度であるが、管内に五以上の団体を回答したところも三三あった。

 もうひとつは、文化財建造物等の保存活用の取り組みが進んでいる市町での住民活動の実態調査の結果である。そのうちの群馬県桐生市では、合計七一の団体が確認できた。

 いくら桐生市が進んでいるとはいえ、この結果は市区町村へのアンケート調査とは、大きな開きがある。その理由はおおよそ、次のように考えられる。

■文化財建造物の特質
 市区町村から回答があった団体は、一部の例外を除くと、おもに文化財を巡るボランティアガイドの団体や郷土の歴史文化を研究する会等であった。これに対して、桐生市で活動を行っている団体は、それ以上に多様な広がりをもっている。

 例えば、商店街である町並の保存には、商店街の活性化に関わる団体が関係していた。また、資料館に再生されている文化財建造物には、資料館の利用を促進させようとする団体が関係していた。こうした状況は、いわば建造物等がもつ「ハコモノ、器」としての本来的な機能によって生じたものといえる。

 また、文化財建造物等の場合、一般のハコモノ的な施設等に比較すると、住民団体が運営等に関わる事例が圧倒的に多い傾向があった。これは、長い年月を耐えたものへの愛着や住民団体による保存運動の結果として保存活用が図られたという、文化財特有の性質である。

 つまり、保存活用に関わる住民団体の数が多く、同時にそれが地域の活性化に貢献する確率も高いというのは、文化財建造物等がもつ特質ともいえるのである。

■市区町村と住民団体の意識
 市区町村へのアンケート結果は、こうした広がりをもつ文化財建造物等の保存活用方法に、担当職員のほとんどが気付いていない実態を浮き彫りにしている。

 一方、桐生市の調査では、同じ問題が住民団体側にもあることが判明した。例えば、イベントスペースに活用されている有鄰館(市指定文化財)という建物群を頻繁に利用している団体が、文化財の保存活用に貢献していることを意識していないのである。

 文化財建造物等の保存活用は、「宝物のように大事に保存し、公開して見学の用に供すことが活用」と思われがちである。市町村と住民団体の両者にみられた意識の欠如は、ここからきているといえる。こうした状況を打開するため、文化庁では指針の策定やパンフレットの配布等の様々な試みを既に実施している。けれども、まだ努力不足である。

 一方、問題はそれだけではない。文化財保護法にも大きな問題がある。文化財保護法からは、文化財建造物等の積極的な活用を図る精神は、全く読み取れない。むしろ、保護法の考え方は、不要で役にたたなくなったものを、文化財として保存し、博物館に置いたり柵で囲ったりして公開するというもので、現在の市町村や住民団体の認識そのものである。

 比較のため、ドイツの文化財保護法にあたる州法(ノルトライン・ウェストファーレン州)をみてみよう。そのなかには、文化財建造物は「実質的な保存が長期に保証できるように利用するもの」と規定されている。つまり、活用(利用)することが建造物の保存につながるという考え方が徹底しているのだ。

■市民による活用推進の施策を
 ドイツのような形にとまではいかなくとも、現状を打開するためには、思いきった施策が必要だろう。

 例えば、一定の要件を満たす住民団体による保存活用については、「保存に影響を及ぼす行為の許可」等の規制を大幅に緩和することなどは有効な手法だろう。また、活用に重点をおいた広報活動も考えるべきだろう。ちなみに、イギリスにはヘリテージオープンデイと呼ばれるものがある。いわば「文化財公開の日」である。この時には、単に文化財が公開されるだけでなく、様々な活用が同時に図られている。

 桐生市をみれば分かるように、文化財建造物等と住民団体の活動の結び付きは、潜在的には相当な広がりをもっている。ほんの少しの意識の変化によって、それは文化行政を応援する大きな力となって目の前に現れるに違いない。


(文化庁月報 H14年9月号 NO.408 より転載)