文化財の保存活用は市民の手で

後藤治(工学院大学建築都市デザイン学科助教授)

●文化財保護法は時代遅れ??
 「民活」という言葉は、既に昔の流行語という感もある。けれども、現在でも行政が関わる様々な分野で「民活」の必要性は失われていない。文化財の保存と活用はなかでもその必要性が高い分野である。

 ところが、文化財の保存と活用の推進を図るための法律である文化財保護法の枠組は、「民活」促進にはひどく無関心である。

 これには理由がある。文化財保護法が制定されたのは、第二次世界大戦後まもない昭和二五年のことである。この頃、国の財政は乏しく、国民も自ら保護に取り組むゆとりは無かった。このため文化財保護法は、所有者等の権利者に規制を課し、国が強く関与することで、保存を図る形となったのである。

 その後、経済が豊かになったことにともない、権利者への規制の代価として修理への資金援助を手厚くしたり、公共機関が買い上げて公有化したりすることで、文化財保護は成果をあげてきた。このため、文化財保護法の骨格も変わることはなかった。

 現在は、ゆとりや豊かさを感じる生活が重視されるなかで、多くの人々が文化財と関わりをもてる環境の実現が求められている。平成一三年に出された報告「文化財の保存・活用の新たな展開」もその方向性を示している。こうして文化財保護の精神が普及する一方で、国や地方の財政は年々逼迫してきている。もはや、規制は必要最小限とし、文化財の管理・運営を市民の手に解き放つべきなのである。

●文化財建造物とNPO
 それではどのようにして「民活」を図ればよいのだろうか。

 人々の学習や公開の機会を増やすのは、最も一般的な方法である。けれども文化財、とくに建造物の場合には、困難な問題がある。なぜなら移動困難な私有財産であることが多く、所有者の多大な負担となるからである。

 建造物の場合には別の顔ももっている。所有者が自ら文化財の保存・活用を積極的に図れば、「民活」になるという側面である。けれども、この「民活」への行政支援は、私有財産取得や営利活動への支援と解釈されやすいので、積極的な措置には困難がともなう。

 そこで期待されるのが民間非営利団体(NPO)の介在である。NPOが果たす第3セクターとしての役割と文化財建造物の位置付けを見ると(図1)、両者の相関性がよくわかる。

 NPOに詳しい山岡義典氏(日本NPOセンター常務理事)は、文化財建造物の保存と活用に対してNPOが果たす主な役割として、次の五つ(括弧内は筆者補足)をあげている。
@技術者集団(設計監理、保存技術の保持等)
A運動体(広報・学習・教育活動等)
B所有体(所有者にかわる所有・維持管理等)
C利用者集団(施設の経営・イベント開催等)
D支援者(資金援助・情報提供等)

 以上の@〜Dは、独立したものではなく、複数の役割を果たすNPOも存在する。また、こうしたNPOの活動目的は、文化財保護だけに限定されない。むしろ、まちづくり、社会教育等の様々な活動のなかで、文化財の保存と活用に関わることが想定される。

 果たしてそのようなNPOがあるのか、と思われる方がいるかもしれないが、既に多数実在している。各地の町並保存会などはその好例である。かくいう筆者も、文化財建造物に関わるNPO「街・建築・文化再生集団」(群馬県前橋市)の理事を勤めている。そこでは、保存・活用に対する提案、イベントや講習会の開催、学術調査、設計監理業務など、前記の@ACにあたる様々な活動を行っている。

●市民による保存活用推進に向けて
 欧米の先進諸国をみると、文化財建造物の保存と活用に関わるNPOの活動は、おおよそ次のようである。

 まず、地域に様々な役割を果たす小規模なNPOが多数ある。そして、その活動を全国レベルの大規模なNPOが支援している。さらに、国が大規模なNPOを特殊法人又は認定法人のような形で法律上に位置付け、資金等を支援している。これに加えて、国や地方が小規模なNPOの活動を支援するための資金援助等も様々な形で行っている。

 我が国でも近年、欧米に類したNPO支援の仕組みが急速に整いつつある。このように枠組は整いつつあるのに、文化財こそNPOの活躍貢献が期待される最も有力な分野である、という認識は未だになされていないように思われる。そうした意識を高めるためには、所有者等の権利者や地方公共団体への措置が中心となっている現行の文化財保護手法の見直しが急務である。

 そのためにできることは、多数ある。例えば、文化財と企業メセナとの関係や芸術文化振興基金の運用を再検討することは、そのひとつである。また、NPOが前記の@〜Dの活動を行いやすくするための、認定制度の創設、寄附行為の運用改善、規制緩和等についても検討が望まれるところである。

●おわりに
 昨年末に文化芸術振興基本法が公布されたが、その基本的施策のひとつに文化財の保存及び活用は謳われている(第十三条)。これを機に、文化財保護施策をもう一度振り返ってみると同時に、NPO等による民間の自主的活動を促進し、文化芸術の振興に文化財が中心的役割を果たせるような大きな政策転換を期待したい。

(文化庁月報 H14年2月号より転載 )