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2007年10月09日

NO.412 「風向計」より 「相互扶助」の豊かさ大切に

読売新聞S様より、当会共同代表/速水亨さんの「風向計」掲載エッセイを送っていただきました。
地域の「相互扶助」について。
考えさせられる一文です。

http://chubu.yomiuri.co.jp/news_k/fukokei/fuko071005.htm

 読売新聞「風向計」より
「相互扶助」の豊かさ大切に

 暑かった夏も十月に入ってやっと秋らしくなってきた。
 気象のニュースでは、今年も過去最高という言葉がマスコミをにぎわせた。9月6日から7日にかけて日本列島を縦断した台風9号は、速度が遅かったこともあり、各地で観測史上最大の雨量をもたらした。東京の多摩川も増水し、世田谷区が玉川地区の627世帯1225人に避難勧告を出した。

 この玉川地区は、なぜか多摩川の堤外地(堤防より川に近いところ)に出来た住宅街で、以前にも大きな被害を受けている。ところが、より拘束力の強い避難指示ではなかったこともあってか、避難場所に指定された二子玉川小学校に避難したのはたった5世帯7人だったそうだ。

 私の住む田舎の町では、避難勧告が出れば、老人や子供のいる家庭は、率先して避難所に集まるだろう。それも近所で声を掛け合って、手助けのいる家庭には必ず手伝いが現れる。田舎の人は用心深いと見ることもできるが、それは表面しか見ていない。実は、他人に迷惑をかけないようにと、早めに避難する気持ちがあるのだと思う。

 田舎の消防団組織は、ボランタリーの最たるものだ。働き盛りの若者から家の中心の世帯主までが参加している。台風常襲地帯の私の地元では、暴風雨警報が出ると、本当なら家族と家を守るべき者達が家を空けて、町を守るために消防団詰め所に集まり、荒天の中を見回りに出動する。
 地元の人々は彼らに余分な迷惑をかけないようにと、避難勧告が出れば間違いなく皆従う。つまり相互扶助の役割を、弱者も自分の出来うる範囲で果たしているのだ。

 このように地域での相互扶助の精神は、面白いところにも表われる。もし都会の人が中山間地帯の田舎に移り住んできた時、野菜や山の幸が常に家に届くようになれば、仲間に入れてもらう準備が整ったようなものだ。
 玄関脇に知らないうちに大根が置いてあれば、その大根を眺めて、だれが育てているかを思いめぐらせて分かればしめたものだ。次に、くれたであろう人に会った時に、いかにおいしくて立派であったかをほめ、お礼を言えば、次にはトマトが届くだろう。

 所得格差が言われ、地方が住みにくいと言われる。確かに若者が就職先を探しても、大手企業の工場があるわけではないし、頼みの公共事業も半減しているから、土建業も簡単には社員にはしてもらえない。しかし、その中で仕事を見つけて暮らしていけさえすれば、それなりに豊かな暮らしが見つけられる。
 残念ながら、現在の田舎の状況では、子供にかけた教育費は、結果的に子供の就職とともに都会に吸い取られる形となっている。実はこの金額は巨額となる。

 相互扶助が機能した、数字に表れない豊かさを守るためにも、田舎で働く場所をどのように作っていくかは大きな課題だろう。これが解決されなければ、もしかして日本は知らないうちに、「相互扶助の欠落」というボディブローを受けて、国力を落とすことになるかもしれない。世田谷の7人の避難報道を見ながら、そう思った。

速水林業代表 速水 亨さん
1979年から三重県紀北町で家業の9代目に。06年から日本林業経営者協会会長。54歳。
(2007年10月5日 読売新聞)